書アート展 こもれる日々 第2集 

2016年6月第2回個展
「田嶋陽子 書アート展 こもれる日々」(笠間日動美術館)
出品作品を収録した作品集です。

※下の画像をクリックするとそれぞれの作品を1つ1つご覧頂けます。

こもれる日々の中から

田嶋陽子

 46歳の時に、その倍の92歳まで生きようと決めました。その頃、過去の桎梏から解放された気になっていたからです。92歳は、遙か遠く、想像のつきにくい、でも輝かしい未来でした。

 ところが70歳になったころから「う〜ん、ちょっと死ぬ歳を決めたのは窮屈かな」と思うようになりました。「書アート」を始めたのはこの年でした。

 71歳で92歳まであと21年、そして現在、後期高齢者75歳となりあと17年。毎年、断頭台に一歩ずつ近づいていくような何とも言えない緊張感を持つようになりました。

 かつては希望の92歳だったのに、後期高齢者になったら断頭台に見えてくるとは―いわく言い難しとはこのことか。

 でも考え方を変えればその緊張感が心の整理に、あるいはしたいことやしなければいけないことのけじめに少し役立っているのかなという思いがあることはたしかです。

 作品を見る時、自分がいつもより一番えらくて我が儘になっているのは当たり前です。私の場合、人の作品を鑑賞する際には、「あ〜素晴らしい!!」と思う全面降伏型と、「あ〜すればいい」「こうすればいい」と思いながら見る提案型があります。全面降伏できる作品にはめったに出会いません。が、提案型で思いを残した作品にはよく出会います。それが刺激になることがあります。

 たまたま提案型鑑賞の後、無性に自分で作品が作りたくなることがあります。言うまでもありませんが作ってみて成功することはありません。いろんな意図が満載されてるので作った後うんざりします。ウンザリして「あぁダメだ」と道具を片付けながら、何気なく後始末程度に作ったものが良かったりします(実はそれが良いのかどうかも自分には分かりません。経験上、人様の判断で決まります)。ですから私の場合、まず構想力に溢れた意図的な作品を精一杯作って失敗してみないと何も生まれないのです。これの繰り返しです。そうして出てきた目の前の作品を見て「へえ!!」って自分でビックリします。「こんなの出てきた!」って。

 この先どのくらい作品が生まれるか分かりませんが、「こんな世界が自分の中にあったんだ!」みたいな、自分が自分で驚くような世界に出会っていきたい。そして92歳で死ぬまでに「へえ! こんな自分がいたんだ」と、自分の知らない自分を出来るだけ外に出して断頭台の露と消えていけたらと思います。